鮎
京都ではスーパーで鮎の塩焼きを売っているそうです。
きょうは駅近の広場で小雨のなか、ビール祭でした。
その屋台で買った鮎で今からお疲れさまの一杯です。
では、いただきます!
Cafe... 。
二日間、インターネットカフェに通い、Web作業。
小ぎれいな個室で集中はできるが、気がつくと不思議な気分。
旅に行ったときのホテルにいる感覚なのだ。
この時間を日常にしないでおくのがよい。自分にとっては。。。
やろうと思ったことをかたずけて歩きはじめたとき、足に伝わる「歩く実感」が妙に心地よかった。
決められる?
今日、演奏中にかなりの揺れを感じ、演奏を続けるかどうか考えながらの時間を過ごした。
千葉で震度5弱。
自分達のいる場所は東京町田市のビルの4階のライブハウス。出入り口は1つ。人の数は40人弱。演奏を止め、揺れのおさまるのを待ち、様子を見て続行かどうかを決めるか、それとも何気なく演奏を続けパニックを避けるように声をだすか?などと考えながらの時間だった。
結局、そうこうしているうちに揺れもおさまったが、これはただごとではなかったぞと、家に帰ってからまた考えた。
判断の仕方を状況や「揺れの程度、質」で段階的に判断し、どのように行動し、声かけ、誘導の仕方をどうするか事前に考えておくことが、人が集まる場所での常識になっているべきなのだなと痛感した。 早速マスターと相談します。
交流時間
日本人にとって「法事」は「天国にいった親族たち」との交流儀式です。
For Japanese people, "Houji" is an exchange ritual with "relatives who went to heaven".
そして普段、余り会わない「生きている親族」との交流時間でもあるのです。
And it is also a time to interact with "living relatives" that I don't usually meet very often.
不思議なもので、若いときには苦痛でしかなかったこの儀式が、いまでは「落ち着く時間」になってきたのは予想外のことでした。
親族皆が見てきた桜の木を眺め、田んぼの用水路の水の音を聴くとき、様々な時間を過ごす身内たちとの「根」の部分でのつながりを覚え、安息を感じる気分。
桜の木の周りで戯れる娘と繋がる「根」を足下に感じながら歩く時間は、落ち着いた「気分の良いひととき」でした。
Thank you ancestors!
声 〜好ましいもの〜
好ましいもの あるくときに聞こえてくる子らの遊ぶ声
林の奧から聴こえる うぐいすの鳴き声
家のなかから聴こえる 赤子の泣き声も好ましい
熱を上げ 天井を見上げていたあの日の 階下の喫茶店から聴こえていた女学生らの話し声
白と黒の絵を観るときの 心の色の有りようなど いうまでもない
音のなかの色をみたとき その心はゆっくり満たされ 花のように開いていくのだ
Bridges ~ 送別会に寄せて
今日は若い方々との送別会。ケーキもジンジャーレモンティーも美味しく、その場にいた皆の表情も素敵だった。そしてスーダンからの留学生とも今日でお別れだ。
今年は「言葉」についていろいろ考える年だった気がする。
音で伝えれば問題ないだろうと考えて来た自分のやり方を、もっと温かい流れを相手と共有するために、やはり言葉は必要なのだなと心底感じた。
目の見えない方とのコミュニケーション、そして海外の方、年齢差(人生の歴史の差)のある方とお付き合いできたことは、自分にとって本当にいい経験になったのだと実感している。
区切りのついた日に訪れることにしている光脈筋の『橋』は「自分にとっての『時間の流れ』」を感じさせ、「溜まった澱(おり)」を流し去ってくれる。
さあ、疲れきった自分をゆっくり快復させ、また新たな日々を過ごして行こう!
みんな! Good Luck !!