34年ぶりの。。。
本は無くならない!
1/20(土)は町田市市民文学館『本をめぐる美術、美術になった本』展へ。
夏目漱石は自分の本を出版するとき、自分で装幀を作っていたこともある。。など、明治から昭和の作家たちが自分の本がどのような装幀で世に出るかについて、とても真剣に考え、装幀者とのコラボを重要にとらえているかがわかる面白い企画展でした。
自分もCDをだすときはその装幀にこだわりたいと思っています。
やはり音を包み、自分の色を膨らませてくれるものですからね。
漱石は一度任せた装幀者の仕事に口出しをすることはなかったという。。
うーん、芸術家、仕事人に対しての彼の敬意が伺いしれる逸話ですね。
硝子ケースのなかの「本」たちの手触りを直に味わってみたい! と思いながら館内をゆっくり、ゆっくりと回ってきました。
タイムスリップできる展覧会っていいです!
記憶の扉
33年ぶりに五反田から東急池上線に乗って、戸越銀座へ。
その街にある近代的なホールでアルゼンチンから来たピアニストの演奏を聴くためだ。
長い一本道の商店街として有名になったこの戸越銀座商店街を昔の様子とオーバーラップさせながら歩くと不思議な気分になる。
小学生の頃、今は会えなくなった従兄弟のMにーちゃんと入った喫茶店やジーパン屋、焼き鳥屋の「記憶の景色」はもう何処にもない。
今回は、単に見知らぬ街でのコンサートに出向く「白紙の気分の状態」ではなくなってしまった。
この想い出の中の商店街を小学生ではなく、初老の自分が歩いている不思議さ。
今日聴いたピアニスト「#カルロスアギーレ」のコンサートでは、彼の故郷の街の様子を作曲した友人の名前を紹介し、演奏していた。
うきうきし、飛び跳ねながら歩く子どもたちの様子。気持ちよく風が吹き抜けていくのをまぶしそうな眼差しで見つめる老人。
そんな「町で生きる人々」の様子まで見えてくるような演奏だった。
懐かしく、切ない記憶が呼び起こされたこの夜を僕は忘れないだろう。
赤い鳥
毎年、大晦日は実家で除夜の鐘を聴くことにしている。
昨年の年末に古本屋で父の生まれ年(昭和10年)に発行された雑誌「赤い鳥」を妻がみつけ、購入した。
82年前のものにしては奇麗で、読まれた形跡もない。
あそらく、物置にずっと積まれていたのだろう。それを妻が「お父さんの生まれた年に出た本ですよ」といって渡したところ、父の昔語りが始まった。。
聞いていると「父と祖父との関係性」がよくわかる話で、自分と父のDNAの共通点に苦笑しながら過ごすことになった。
独立独歩でやっているつもりでも、父の目線はどこかで感じている。男ってなかなか自由になれないですね。それはどうも「私の父と祖父」も同じようで。。。
雑誌「赤い鳥」を作った鈴木三重吉も、そんな「父と子」の話がされる炬燵のうえに自分の雑誌が置かれることになるとは思ってもいなっかたろう。
2018年 開幕!
この正月、東京では天気の日がつづき、いい気分。
今日6日(土)はいつもお世話になっているライブハウス「町田Into The Blue」でトランペットの友人「ともぴょん」の誕生会セッション。
とても和やかで楽しい時間でした。
それぞれの人が時間に色づけをしていく感じで、最後まで気分よく過ごしました。
「皆で集まる」感覚って、いくつになってもいいもんですね。
手作りの「童話集」「ケーキ」「音楽」をもらってトランペットの彼女は感激の涙。。
歳を聞かれて「わかりませ〜ん」と答えていたのはさすがでした!
前向きな人に囲まれての時間は自分にも良い影響をもたらしてくれるようです。
今年も一歩一歩、進んで行こうと心の中で思いながら帰りのバスに揺られていました。